What does “Human Rights with Chinese Characteristics” mean for ESG?

「中国の特色ある人権」はESGに何をもたらすのか

2024年8月30日

ESGインテグレーションの広がりとともに企業活動における人権保護のあり方についての注目が高まっている。製品のサプライチェーンに強制労働や児童労働といった人権侵害があれば、その製品は市場を失い、企業イメージも悪化する。また、企業内で社員へのハラスメントや長時間労働といった人権無視が横行していれば、その企業は「ブラック企業」と評価され、優秀な人材を集められなくなるだろう。

このような人権意識の高まりを受け、日本政府は、2020年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」(以下、「行動計画」)を作成した 。「行動計画」では、政府として企業活動における人権保護のため取り組むべき施策とともに、企業に対して人権への配慮や人権尊重のための具体的な行動を求めている。

筆者の勤務するパナソニックホールディングスにおいても、2022年4月に「パナソニックグループ人権・労働方針」が制定され、サプライチェーン全体での人権リスクの防止や人権侵害救済システムの整備、働きがいのある労働環境の実現などを定めている(注2)。

国際社会における人権

国際社会において「人権」は扱いの難しい問題でもある。第二次世界大戦後の国際秩序形成のなかで国連はその設立の目的の一つに人権の尊重を掲げ(国連憲章前文及び第1条)、「世界人権宣言」(1948年)や「ウィーン宣言及び行動計画」(1993年)の採択、国際人権諸条約の作成など、国際的な人権の尊重に取組んできた。日本政府の「行動計画」でも、日本が締結している人権関係条約や国際労働機関(ILO)などで策定された国際的に認められた原則が、ビジネスの文脈で着実に実施されていくことを求めている。

ただ、人権の国際化が進む一方で、国際社会において具体的などのような問題が人権の侵害とされるかは簡単な問題ではない。シリアやミャンマー、アフガニスタンなど、特定の国の状況が人権侵害だと批判されるのに対して、これらの国が人権侵害との批判は内政干渉だと反発することが多い。また、人権に対する考え方も、欧米諸国が個人の自由・権利を強調するのに対して、途上国では、人々が生存する権利が確保されてこその人権だとの考えが根強く、対立がある。

筆者が専門としている中国は、人権について欧米とは異なる立場を取り、近年、国際社会における人権に関する発信や取組を強化してきた。人権に関する国連機関である国連人権理事会を舞台として、自らのナラティブを浸透させ、人権に関する国際的なルールを中国に有利な内容に変更しようと試みている(注3)。

中国と人権

中国は、1989年の天安門事件を人権弾圧だと批判され、新疆ウイグルやチベットにおける少数民族の取扱い、国内での表現の自由や信教の自由への制約といった問題について、欧米諸国から人権侵害として非難されてきた。また、近年では、欧米から、香港での強権的な対応が人権侵害だと問題視されている。

それに対して、中国は、各国の歴史や社会状況に応じて人権に対する認識や人権保護の実施に関する状況は異なるとして、各国の人権状況は各国の主権問題であると主張している。そして、自国に対するこれら批判は人権の名前を借りた内政干渉であると強く反発している。

また、中国は、世界人権宣言や国際人権条約の多くを受け入れつつも、これらは欧米の価値観に基づくものだとして、人権の具体的な内容や優先順位において異なる立場を取っている。具体的には、人々の生存権(rights to subsistence)と発展権(rights to development)が人権では最も重要だとされ、個人の精神的自由は優先度が低い。国連人権理事会での普遍的・定期的レビュー(UPR)に際し、中国は2023年11月に報告書を提出したが、同報告書の冒頭では、人権発展の成果として中国の一人あたりGDPの成長ぶりや国内1億人の脱貧困を実現したことといった国家の成果が列挙されている(注4)。

こうした中国の人権に対する考え方は、いわゆる「グローバル・サウス」の国々の立場と近く、新興国・途上国の支持を集めやすい。2010年代の後半から、中国は「グローバル・サウス」の国々と人権対話を始め、人権は主権問題だとの立場を共同で発信するなど、協力を強化してきた。中国は2017年に国際人権理事会で「発展が人権にもたらす貢献に関する決議」を提出し、発展権を明記した人権理事会初の決議として、途上国の賛成多数を得て成立させた。また、2022年10月、人権理事会は、新疆の人権侵害を批判する欧米諸国提出の決議案を審議したが、途上国の反対多数で否決された。国際人権分野では、中国の主張が通りやすくなりつつある。

「中国の特色ある人権」は何をもたらすか

2017年12月に開催された人権フォーラムにおいて、王毅・外交部長は、「我々は『中国の特色ある人権』発展の道を堅持していく。中国の人権状況については、中国人民が最も発言権がある」と言い放った。自信を深める中国は、習近平総書記自ら、国際人権ガバナンスに積極的に関与し、中国の人権観の魅力を国際社会に伝えていくと宣言した(注5)。

だが、「中国の特色ある人権」は、個人の政治的権利や精神的自由を犠牲にして、一国の国民全体の経済発展を追求することを正当化するものであり、日本には受け入れがたい。また、「グローバル・サウス」が「中国の特色ある人権」に同調し、「人権は主権問題であって、自国の人権状況は自国が一番良く知っている」と主張していけば、国際社会で相互に人権状況に関心を持ち意見交換を通じて人権状況を改善させる、という国際的な人権システムそのものが存在意義を失ってしまう。持続可能な発展のために人権への配慮を行う、というESGの理念も揺らぎかねない。

日本には戦後、国際社会との対話を通じて人権保障に不断に取り組んできた歴史がある。真摯に批判に耳を傾け、人権問題に向き合ってきた「日本の特色ある」取組は、「グローバル・サウス」にも参考になるはずである。国際的な人権分野で欧米と中国とのせめぎあいが行われている中、日本企業としても、このような国際的な状況を踏まえ、ESGインテグレーションを推進するプロセスのなかで人権に関する対応を積極的に進めていくことが求められる。

町田穂高 ESG-IREC招へい准教授・パナソニック総研主幹研究員


注1: 外務省『「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)の策定について』2020年10月16日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008862.html
注2: パナソニックグループ『パナソニックグループ人権・労働方針』https://holdings.panasonic/jp/corporate/sustainability/social/human-rights/policy.html
注3: 詳細については、小論『「福島処理水は人権侵害」と言い出した中国外交』東洋経済オンライン、2024年5月31日。https://toyokeizai.net/articles/-/757498
注4: United Nations document, A/HRC/WG.6/45/CHN/1, China: National report submitted in accordance with Human Rights Council resolutions 5/1 and 16/21, 3 November 2023. https://documents.un.org/doc/undoc/gen/g23/228/57/pdf/g2322857.pdf
注5: 習近平『坚定不移走中国人权发展道路 更好推动我国人权事业发展』2022年6月15日。https://www.gov.cn/xinwen/2022-06/15/content_5695792.htm

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