South Korea’s Disaster Risk Reduction and Crisis Management Education: Korea University Disaster-Safety Advanced Program

韓国の防災・危機管理教育と高麗大学災難安全最高位課程の取組について

2025年1月17日

2025年1月17日で1995年の阪神淡路大震災から30年となる。

日本は地理的及び自然的な条件からかねてより自然災害が多い上、最近では南海トラフ地震や首都直下型地震など巨大地震の切迫が懸念され、さらに、気候変動の影響による気象災害の激甚化や頻発化もあって、防災・減災、国土強靭化に向けた施策の加速が進められている。また、目を世界に向けるならば、国連で合意された「持続可能な開発目標(SDGs)」では、その目標11「住み続けられるまちづくり」のなかで「人命・暮らし・健康と、個人・企業・コミュニティ・国の経済的、物理的、社会的、文化的、環境的資産に対する災害リスク及び損失を大幅に削減する」ことを目指す「仙台防災枠組2015-2030」を取り上げ、すべての国があらゆるレベルでの総合的な災害リスク管理を進める防災戦略の採択と実行を求めている。

本稿では、2024年11月、韓国・高麗大学を訪問して行った、DX災難安全教育研究センターの崔相鈺(チェ・サンオク)センター長との懇談などを踏まえ、近年、韓国の大学で広く取り入れられている産官学連携を目的とした最高位課程と、防災を含めた最新の危機管理教育の実践例を紹介したい。

韓国の災害管理体制:分散管理から統合管理へ

2011年3月11日に日本で発生した東日本大震災での日本政府の迅速な対応は、韓国社会に大きなインパクトを与え、韓国政府の危機管理体制を見直す契機となった。韓国も近年、台風、集中豪雨、大雪、日照りなどの激甚化した自然災害を繰り返し経験している。それに加え、大規模工場火災、ガス爆発、林野火災、タンカー原油流出などの人的災害とそれに伴う環境汚染や、新型コロナ、鳥インフルエンザ、口蹄疫などの伝染病などの災害も頻繁に発生している。また社会が発展し、行政機構が高度化・複雑化することで、災害の対応が遅れ、被害が社会の広範囲に及ぶ傾向が強まっている。このような状況下で、異なる機関の危機管理責任者が連携し、統合的に対応する必要性が、全体最適としての効率化の面から求められるようになった。

韓国社会で最初にこの連携対応の必要性が認識されたのは、2003年大邱市で起きた地下鉄放火事件であった。この惨事に関係機関が個別に対応したことで、統合的危機管理の必要性が提起され、それが翌2004年の「災難および安全管理基本法」制定につながった。この制定によって、災害の類型別に分散していた関係機関を統合できる法整備が整えられた。それを受けて同年、消防防災庁が新設されたことで、韓国の災害管理体制は分散管理から統合管理に大きく舵を切った。さらに、2008年7月には大統領室傘下に国家危機状況センターが新設され、何度かの改組を経て、現在の国家安保室国家危機管理センターに至っている。また、同国の憲法第34条第6項と、災難および安全管理基本法第22条の改正により、国家安全管理基本計画が5ヵ年計画となったことで、現行の第5次国家安全管理基本計画(2025〜2029年)では、異常気象に備えた科学技術基盤の先制的災害安全管理強化に重点を置いている。

上記のように、統合的危機管理に対する社会的必要性が提起され、複数年の基本計画が法制化されたことに加え、前述した2011年に日本で発生した大震災に対する日本の対応にも影響を受けて、防災と危機管理教育の必要性が認識され、大学においても教育・研究機関が多数設立された。その中でも、高麗大学は比較的早い段階で、人文学と行政学の二つの分野で研究センターと教育課程を開設した。

韓国の大学における防災・危機管理教育と研究機関の設置

まず、2012年にグローバル日本研究院の社会災難安全研究センター内に、災難と東アジア研究チームを発足させ、政治、経済、歴史、文学、語学、文化領域の研究者が学際的に連携して、防災研究と危機管理教育に力を注いでいる。チーム発足当初は、災害と安全に関する人文学的対応論理を確立する目的で、様々な研究が行われたが、近年は東アジアの国際協力に重点が置かれている。2024年12月には「安全革命時代のリスク管理と東アジア国際協力」をテーマに国際学術シンポジウムが開催され、未来の東アジア共同体に持続可能な協力基盤を整備するための研究発表が行われた。シンポジウムを企画したグローバル日本研究院の金暎根(キム·ヨングン)教授は、東アジアリスク管理の新しい政治的アプローチには和解学が必要で、和解と協力のための新しいアジェンダの探求が本フォーラムの意義であると述べ、人文学を融合的に用い、「災害安全共同文化体」の構築という日韓協力案を提示している。

一方、政府学研究所では、2024年に研究センターを改組し、DX災難安全教育研究センターを設置した。当センターでは、コロナ禍と第4次産業革命時代の不確実性を経験しつつ、ソリューションとしてのデジタル技術の潜在力が強調される中で、DX(デジタル・トランスフォーメーション)と関連した研究に注力すると同時に、危機管理・防災分野の高位管理職を養成することを目標に災難安全最高位課程(Disaster-Safety Advanced Program)を設置している。この日本では馴染みが薄い最高位課程とは、韓国の大学では比較的古く、学位の取得を目的とせず、産官学連携に主眼を置いて、中央省庁、地方自治体、および民間企業から、経営陣や管理職が在籍して、最新の研究結果を学ぶ機会を提供する場として機能してきた。高麗大学では、ここに危機管理と防災カリキュラムを開発し、災難安全最高位課程を設置したのである。

災難安全最高位課程は、従来型の防災教育研究から人工知能を中心とするデジタル技術基盤を用いた研究への転換を通じて、災害に対して効果的に備え、社会の持続可能な発展に寄与することを目標としている。センター長である崔相鈺(チェ・サンオク)教授によると、当課程は1)ニューノーマル時代における「新しい公共性」の探求、2)公共サービスへのAI・機械学習(ML)の適用と公共価値、3)ニューノーマル下のコロナ危機管理ガバナンス、4)リスク社会の常態化と政府の役割、および新たな災害政策研究の方向性、を重要視し、ポストコロナ・第4次産業革命時代における「新しい公共性」の理論を危機管理分野に応用する研究成果の蓄積を目的としていると述べている。ここで言う「新しい公共性(New Publicness)」とは、従来の官僚的かつ一方通行的な公共サービスから脱却し、市民中心、協力、公共価値の実現を目指す新しい公共サービスモデルを指す概念と定義し、より効率的かつ民主的な方法で公共サービスの提供が実現できるとする。すなわち、ニューノーマル時代にあって中央政府や公共機関がデジタル技術を活用して災害に迅速かつ効果的に対応し、市民の安全と権利を保障する新しい公共サービスモデルを開発することで新公共性の実現を目指している。こうした災害安全研究の延長線上で、高位管理職向けの専門的な教育カリキュラムとコンテンツを開発するとともに、災難安全最高位課程を運営し、危機管理分野における最新の専門性を持つ管理職が育成されている。

高麗大学の災難安全最高位課程

災難安全最高位課程は、これまでに第2期までの受講生が修了し、現在は第3期生が学びを続けている。防災・危機管理分野の専門人材育成と高位政策総合職の能力強化が急務である中、災難安全最高位課程は、危機管理と防災の中核的役割を果たし、自然災害や人的災害の増加に適切に対応できる専門性と実務能力を備えた人材を育成するためカリキュラムを随時更新している。当課程を修了した者は、中央省庁、地方自治体、外郭団体、民間企業、非営利団体などに戻り、危機管理と防災に関連する業務を担当して活躍している。

災難安全最高位課程のカリキュラムは、全13週で構成され、危機管理政策研究と防災教育プログラムが融合・連携するよう設計されている。期間中、実務経験者を招き、特別講義を実施している。一例として、2024年後期には、金世浩(キム・セホ)元国土交通部次官による「交通、航空、道路、鉄道における災難安全の備えと対応」、李漢庚(イ・ハンギョン)行政安全部災害安全管理本部長による「国家災難安全の改善課題と方向性」、鄭銀敬(チョン・ウンギョン)元疾病管理庁長による「新興感染症危機対応」の講義が準備され、受講者とのネットワークを構築した。現職、および元職の専門家による実務経験を活かした危機管理教育を通じて、中央省庁、地方自治体、および民間企業の実務担当者との連携強化による、災害マネジメント能力の向上が期待されている。

高麗大学災難安全最高位課程が国立災難安全研究院や他の大学付属防災研究所と大きく異なる点は、受講生に対し学術的な成果を求めないことで、中央省庁や地方自治体、民間企業に適用可能な発展戦略やデジタル技術を活用した実務的危機管理能力を向上させ、気候変動や人的災害の増加に効果的に対応できるよう支援している点である。行政や民間の実務の現場を重視した最高位課程を通じて、韓国の災害安全教育・研究分野で重要な役割を果たし、災害管理専門性の強化に貢献しようとしている。日本の大学においても、2004年の国立大学の独立行政法人化以降の大きな流れとして、産官学連携の必要性が重視されており、大阪大学大学院国際公共政策研究科では「グローバル・リスク・ソリューションズ・センター(GRSC)」の設置を含め、これまでも危機管理分野の調査研究や専門人材の育成などに取り組んできているが、今後のネットワーク構築の一環として、隣国でのこの取り組みは参考に値するところが多い。

写真:高麗大学(筆者撮影)

山下大輔 ESG-IREC招へい研究員/四国学院大学准教授
李貞和 高麗大学グローバル日本研究院研究教授・元大阪大学大学院人文学研究科招へい研究員)

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