Can we pass down the beauty of the earth to the next generation?
Part 1

はたして僕たちは、この地球を美しいまま子供たちに引き継ぐことができるだろうか

第1回

2024年7月22日

世界の現状と見通し

多くの国々と政府、企業、市民の努力により、二酸化炭素(以下CO2)の排出量の前年比増加率は2021年5.4%、2022年1.9%、2023年0.1%と年々減少してきている。しかし増加率が逓減してきたということであって、排出量が増えていることには変わりない。2023年の世界のCO2総排出量は358億トンと人類史上過去最高を記録した。今年2024年は、ウクライナやガザへの爆撃の激化と住宅や森林の火災、避難民の大量移動、大量の瓦礫の処理等々に伴ってCO2排出量が激増しているため、政治・軍事情勢によっては再び前年比増加率も増えることが懸念されている。

しかし今、国際社会が懸念しているのは、地球の平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えるという目標が達成できなくなることよりも、平均気温がある一定点の「Threshold:閾値(しきいち)」を超えてしまうと、その後に世界各国が大幅に排出量を減らしても、もはや温暖化は止められなくなり、気候変動がもたらす災害はその規模も発生頻度も幾何級数的に拡大し、地球環境は急速で不可逆的に壊滅状態に突き進んでしまうという点だ。これは英国ケンブリッジ大学のルーク・ケンプ博士の論文「気候変動エンドゲーム:壊滅的気候変動シナリオに関する研究」でも指摘されている。

① 閾値を超える危険

気候変動や地球環境の不可逆的な崩壊をもたらす恐れのある閾値は、以下のように様々な分野で懸念されている。

海氷の喪失
毎年8.9万平方キロメートルという北海道の面積に匹敵する海氷が失われている。その消失速度が加速してきており、このまま進むと夏季には地上から海氷が全く無くなり海水面が大幅に上昇して、水没するなど沿岸地域に甚大な影響が出る。そうした直接的な被害だけでなく、海氷が消失することで、地球のアルベド(太陽光の反射率)が低下し、地球の温暖化を一層加速する。現在地球のアルベドは約0.3で、太陽光の30%を氷などが跳ね返してくれており、残り70%が地球に吸収されているが、海氷が失われれば吸収量が急拡大する。

熱帯雨林による炭素循環システムの崩壊
CO2の吸収に大きな役割を果たしているアマゾンなどの熱帯雨林が、乾燥や頻発する山林火災、人為的放火や不法伐採により、急速にその面積を減らしている。一度焼失した森林が大気循環のエコシステムまで含めて完全回復するまでには100年以上を要するが、アマゾン熱帯雨林は全体の25%が失われると、閾値を超え気候変動や土壌の乾燥などにより、サバンナ化して自力再生が不可能になると考えられている。

海洋の酸性化
大気中のCO2は海水にも溶け込み、それを海草や海藻類、マングローブなどが吸収してくれているが、CO2の排出量がその吸収能力を超えてきたため、弱アルカリ性であった海水が酸性化してきている。海洋のpH値が一定の閾値を超えると、プランクトンやサンゴ礁、殻を持つ海洋生物などに深刻なダメージを与え、海の生態系のバランスが崩れることが懸念されている。既に赤道付近の海洋で身体の一部が溶けているプランクトンが発見されている。海洋の酸性化が進むと食物連鎖によって生物のいない「死の海」が拡大し、食糧不足につながる恐れもある。

メタンハイドレートの融解

シベリアの永久凍土や海底には大量のメタンハイドレートが閉じ込められているが、気温の上昇が閾値を超えると一斉に大気中に放出されることが懸念されている。シベリアの永久凍土には複数の巨大なクレーターがみられる。トルクメニスタンで見つかったダルバザ・クレーターは、クレーター内の有毒ガス(メタン)を燃え尽きさせようとソ連(当時)の技術者によって1971年に人為的に点火されたが、以来53年間を経た現在もまだ燃え尽きず燃焼し続けている。これらは温暖化により永久凍土が融解して、閉じ込められていたメタンガスが一挙に放出される「ガス爆発クレーター」と推定されており、残ったメタンガスが大気中の酸素と触れて自然発火する可能性もあると指摘されているが、ロシア政府が調査団の受け入れを拒否しているため、確かなことは分かっていない。

ちなみにメタン(CH4)のGWP(地球温暖化係数)はCO2の25倍、一酸化二窒素(N2O)は298倍、クロロフルオロカーボンのうちのCFC R-114(かつて輸送機器用空調機に使用された特定フロンガスで、現在は使用禁止されている)に至ってはCO2の1万倍の温室効果がある。

生物多様性の喪失
気温上昇により、動植物の生息環境が変わり、生物多様性が急激に失われる閾値も警戒する必要がある。たとえば蝶や蜂などの生育に適さない環境になると植物の受粉が行われなくなるなど、生態系に深刻な影響が広がる。

② ノックオン効果発生の危険

昨年のダボス会議の報告書The Global Risks Report 2023は、温暖化がこのまま続けば自然災害による直接被害留まらず、飲料水不足、食糧不足、燃料不足が生じ、経済の不安定化、格差の拡大、差別の拡大、モラルの低下、自国第一主義のまん延、専制国家の増加、国家間の紛争・戦争の多発と長期化といったことが連鎖反応的に起こる、いわゆる「ノックオン効果」が生じるだろうと警告を発している。正に「貧すれば鈍す。鈍すれば窮す」となる。

報告書が指摘した具体的ノックオン効果は、
①  環境分野
自然災害の規模の巨大化と頻度の急増
エネルギー問題の深刻化
生物多様性の喪失
地球温暖化の進行
水問題の深刻化

② 社会分野
貧困の拡大
感染症の流行
害虫の大量発生
教育機会の不平等
人口爆発
食糧危機
組織や地域内での差別の拡大

③ 経済分野
経済危機の頻発
若年失業率の上昇
雇用なき都市の進行
社会福祉資源の不足

④ 政治・国際関係分野
軍事力による資源エネルギーや食糧の占有➔戦争や紛争の多発
国・地域・人種・性別・宗教などによる差別の激化
民主主義の衰退と専制政権の連鎖的な誕生
自国第一主義と分断化の進行
貧富の格差の巨大化
国連の無力化

こうした危険は前述のケンプ博士の研究「気候変動エンドゲーム」でも同様に「システム的リスク」として指摘されている。勿論これらは「最悪の場合は」という仮定のうえでのシナリオだ。しかしこれらの危険のうちの幾つかは既に現実のものとなってきている。そのトリガーとなるCO2の排出量は、本稿冒頭に書いたようにまだ減少するには至っておらず、今も増え続けている。地球と社会が取り返しのつかない状況になる前に、世界各国は一致協力して気候変動問題に実効性のある取り組みを行う必要がある。

戸田洋正 ESG-IREC招へい教授/Japan Core Competence Management Ltd代表

References
・ Nature Reviews, Earth & Environment, Monitoring global carbon emissions in 2021, 21 March 2022
・ Climate Endgame: Exploring catastrophic climate change scenarios, Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), 25 March 2022
・ Dr Luke Kemp, University of Cambridge, Centre for the study of Existential Risk. 2 August 2022
・ Global Risks Report 2023, World Economic Forum, 11 January 2023
・ IPCC, Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability

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