ダボス会議ともう一つの世界
2023年1月12日
2023年1月16日から20日にかけて、スイスのアルプスに位置するリゾートタウン、ダボスにて世界経済フォーラム(WEF)の年次総会が開催される。この会議は、開催地の名を取って「ダボス会議」と呼ばれている。ボルゲ・ブレンデ総裁によれば、今回の主なテーマは、コロナ禍による経済不振からの脱却、再生可能エネルギーへの転換、グローバル化の未来という3つだ。世界各国、様々な業界のトップたちが一堂に会し、これらについて議論する。
WEF、特にダボス会議は、世界の著名人が集まるため世界規模の課題に対して大きな影響力を持つ、と称賛される一方で、権力と富を持つ者の考えに沿って世界を動かそうとする「金持ちクラブ」だ、と揶揄されることも少なくない。この記事ではWEFの実態やそこに潜む問題、そしてWEFに取って代わる組織について探る。
WEFとは
WEFの始まりは1971年まで遡る。ドイツ出身の工学・経済学者、クラウス・シュワブ氏が、特定の国や組織から独立した非営利団体、「ヨーロッパ経営フォーラム」をスイスのジュネーブに設立した。当初の目的は、その名の通り、ヨーロッパのビジネスリーダーたちが経営手法に関して意見交換する場の提供であった。その後、回を重ねるにつれビジネス界外からも人を招待するようになり、扱う議題も政治、環境、健康などにまで広がった。1987年、このフォーラムは「世界経済フォーラム」へと名称を変更し、2015年には、スイス政府によって国際機関と同等の権利を持つ組織として認定された。現在、WEFはそのミッションを「世界情勢の改善に尽力すること」としており、年次総会「ダボス会議」の開催のほかに、グローバルジェンダーギャップレポート 1 や国際競争力レポート 2 の発表などを行っている。
ここからは、WEFの主な組織構成について見ていこう。WEFでは組織の活動を監督、指示する機関として評議員会が設けられ、ビジネス界、政府、国際機関を中心とする各組織の代表者から選出された30名程の評議員がいる。現在は創設者兼会長を務めるシュワブ氏をはじめとして、WTO事務局長、シンガポール政府上級大臣、食品・飲料会社のネスレの最高経営責任者(CEO)などが名を連ね、中には市民社会組織から選ばれた評議員もいる。ほかにも取締役会や執行委員会があり、WEF全体では合計700を超える人々が勤務している。
その下からフォーラムの活動を支えるのは、「パートナー」と「メンバー」の2つに分類される世界各国の会員企業だ。パートナーはグローバル企業約100社で構成され、1社あたり年間約125,000米ドルをWEFに出資している。メンバーは世界のトップ企業約1,000社で構成され、大半は年間売上高が50億米ドルを超える大企業だ。年会費として約34,000米ドルを支払っている。これらパートナー・メンバー企業のCEOはダボス会議に出席する権利を持っているが、参加に際しては年会費のほかに参加費約48,000米ドル以上を支払う必要がある。こうして世界の大手企業はフォーラムの中心的存在となっている。
代表性の問題
ここからは特にWEFの年次総会であるダボス会議に焦点を当て、WEFが批判を受ける理由を探ろう。ダボス会議の問題点として挙げられるのが、出席者の多様性に欠け、世界全体の意見を反映できていないということだ。参加者が持つ特性を順に紹介していこう。
まず参加者の経済レベルや地位について言うと、多くは権力や富を持っている者だ。ある分析によれば、2020年のダボス会議参加者のうち、各国の大統領や大臣といった政府関係者や企業のCEOなどが86%を占めていたそうだ。10億米ドル相当以上の資産を持つ「ビリオネア」に限定しても、なんと約120人もの人が出席した。ダボス会議に参加する富裕層を表す「ダボスマン」という呼称が存在するのも頷ける。一方で、研究者や活動家などを含むいわゆる市民社会組織から招待された参加者は全体の5%ほどにすぎない。これらを踏まえると、ダボス会議が主に富裕層と権力者による話し合いの場であることは明らかである。
また、参加者には地域的な特性もみられる。同じく2020年の会議では、出席者約3,000人のうちヨーロッパからの参加者が約1,200人、アメリカからの参加者が約700人を占めていた。一方で、アフリカとラテンアメリカからの参加者を合計してもわずか236人であり、全参加者の10分の1にも満たない。これらの地域は特に世界の中でも貧困などの問題が集中しており、アフリカとラテンアメリカからの参加者が極端に少ないこの状況で、課題解決に向けてどのような話し合いができるというのだろうか。
そして、性別に関する特性も見受けられる。長年ダボス会議は、女性が著しく少ないという批判に悩まされてきた。打開策としてWEFが2011年に制定したのが、クオータ制度である。これは、WEFのパートナー企業約100社に対し、代表団5人のうち必ず1人以上女性を含むよう求めるものだ。この制度が功を奏したのか、2010年に17%であった女性参加率は、2020年には過去最高の24%を記録した。しかし、各国の男女格差を測り順位付けするグローバルジェンダーギャップレポートの発表機関でありながらこの数値は好ましいとは言えないし、そもそも5人のうち女性1人以上という目標値が男女平等とは程遠いものである。
WEFは「世界情勢の改善」をミッションに掲げている組織だが、参加者の大半が莫大な富と権力を持つ個人あるいは企業や国を代表する男性たちであるこの場では、いったい誰にとっての「改善」を目指して議論しているのだろうか。
都合の良い会議
参加者の背景に偏りがあることの弊害として、自然と参加者間での利害関係が一致し、自分たちが強い関心を寄せるトピックばかりを選んで議論を行ったり、都合良く物事や議論を進めたりする恐れがある。これにまつわる印象的な話を3つ挙げよう。
まずは参加者たちの移動手段と気候変動に関する話題だ。このダボス会議にはプライベートジェットでやってくる参加者が少なくない。フライト数に関する正確なデータは得にくいが、WEFによれば、2019年の会議開始後3日間でダボス会議に関連するフライトは270回であったという。一方で、6日に渡る会議全体では1,500回にも上るという推測もある。彼らの使用するプライベートジェットは、一度に多くの物や人を運ぶことができる商用航空や列車に比べてはるかに環境への負荷が大きい。たった1時間ほど飛行するだけで、一般の人々が1年かけて排出するのと同程度の二酸化炭素を排出するというデータもあるほどだ。もちろん中には列車等の環境負荷の低い移動手段を利用する参加者もいるが、大富豪が多く集まるイベントの環境への負荷は相当なものだろう。
これに対しWEFは、参加者にカーボンクレジット3 の購入を義務付けることでカーボンオフセット 4 を図るとしているが、実際に二酸化炭素の排出量を減らせているわけでもなければ、そもそもこのカーボンオフセットという制度自体が本当に機能しているかも疑わしい。当然環境問題も会議のテーマに含まれるにもかかわらず、こうした状況が続いているのは、参加者が自分達に都合の悪い部分から目を背けている証拠だと言えよう。二酸化炭素を多く排出している富裕層や大企業こそが排出量削減に向き合わない限り、真の問題解決は期待できない。
次に、富裕層や企業の租税問題について紹介しよう。2019年のダボス会議で、オランダの歴史家ルトガー・ブレグマン氏の発言が物議をかもした。「ここでは、真の問題である租税回避や富裕層が公正に税金を負担していないことを指摘する人はほとんどいません。消防士の会議に来たのに水について話すことを禁じられているような気分です。(中略)私たちは税金について話さなければなりません。とにかく税金です。」大富豪が多く集まるダボス会議において、税金が議題に挙がりにくいのは至極当然のことである。というのも、パナマ文書やパンドラ文書、スイスの大手銀行からののリークが示すように、富裕層による脱税・租税回避行為が蔓延し、世界のあらゆる問題の解決に必要な財源を奪っていることが大きな問題となっているのだ。
最後に紹介するのは、WEFが世界規模の問題解決に関して、企業を中心に捉えている事例だ。2022年には、会議の主要なイベントの一つとして、大手製薬会社ファイザーのCEO、アルバート・ブーラ氏とシュワブ氏が一対一で対談した。この対談でブーラ氏は、ファイザー社が新型コロナウイルスなどのワクチンを低所得国に無利益で提供すると述べ、シュワブ氏が称賛の言葉を送った。しかしながら、彼らが本当に称賛に値するのか一度立ち止まって考える必要がある。
というのも、製薬会社がパンデミックを止めるよりも自社の利益を優先させてきたという問題が複数指摘されているのである。たとえばファイザー社は自社の利益最大化のため、一部の国が余ったワクチンを他国と取引することを契約内で禁止しているそうだ。そして、ワクチン製造量が増えると利益が独占できないため、他の製薬会社でも製造できるジェネリックワクチンの実現にも抵抗したという。また、ファイザー社に限らず製薬会社は政府から多額の医薬品開発資金を受け取っているが、医薬品の高額販売で生まれた利益はすべて抱え込んでいる。2021年には、新型コロナウイルスのワクチン開発に関連して新たに9人の億万長者が生まれたという報道もあった。大手製薬会社たちは、ワクチン格差を助長し、経済的な不平等の問題にも加担している。ワクチン格差に関しては、2023年1月現在、高所得国のワクチン1回目接種率は72.8%まで達しているが、低所得国はわずか30.0%にとどまっているという。そもそも、利益追求が最大の目的となっている企業に世界的課題であるパンデミック対策をこれほどまで任せること自体が問題だが、WEFはまさにそれを促しているように捉えられる。
世界のアジェンダ設定
上記以外に問題視されているものが、WEFがあるべき世界を示し、その実現をトップダウンで促そうとしているという傾向だ。この問題に関して、会議で発信されるアジェンダと長期的ネットワーク作りという2つの動きを紹介しよう。
まずは、会議の場から発信されるアジェンダについてだ。ダボス会議には各国から政治界・経済会などで影響力の大きい者たちが集まっているため、そこで議論された内容がある程度世界全体に影響を及ぼす。これを利用して、会議を通じて世界の在り方を変えるための概念や方針を紹介し、導入を促すことができるのだ。
わかりやすい例を挙げよう。2021年の会議においてシュワブ氏は、パンデミックを機に世界のあらゆるシステムを見直しリセットする「グレートリセット」という概念を導入しようとした。中でも、企業は株主の利益を最優先にするべきであるという「株主資本主義」から、政府や市民社会などとともに企業が社会の在り方に関わり、あらゆる利害関係者の利益が配慮される「ステークホルダー資本主義」への移行が最大の鍵だと彼は語った。彼の目指すところによれば、政府は無数にあるステークホルダーのうちの一つにすぎない。一見包括的な社会システムにも思えるが、実は民主主義を脅かしかねない提案だという声も上がっている。本来国や世界が抱える問題は、政府が民衆の意見を掬いあげ、民主的なプロセスを経て解決していくことが望ましいと言える。しかしシュワブ氏の目指すステークホルダー資本主義では、政府の力を弱めて企業の影響力を増幅させようとしているかのように思え、市民社会についても結局中心になるのは、WEFに招待されるような大富豪がトップに立つ基金ではないかと指摘されている。
次に、ネットワーク構築を通じたアジェンダ作りを見ていこう。2004年、シュワブ氏は「ヤング・グローバル・リーダーズ」というコミュニティをWEF内に設立した。これは、20~30代を中心とした若手政治家、イノベーター、活動家などが集まり、セクターを超えて意見交換やコネクション構築を行う、次世代リーダーのための輪である。このコミュニティには、創設以来3,800を超える人々が参加したそうだが、問題視されている側面もある。それは2017年のシュワブ氏自身の発言から読み取ることができる。彼は、カナダやアルゼンチン、フランス内閣の構成員の半分以上はWEFのヤング・グローバル・リーダーズ・プログラムの参加者だと主張し、自分たちがこれらの国の「内閣に入り込んでいることを誇りに思っている」と発言したのだ。シュワブ氏の真意は測りかねるが、この言葉にはWEFの影響力拡大という思惑が現れているとも言える。つまり、今後各国を引っ張っていく者を若いうちからヤング・グローバル・リーダーズに引き入れておくことで、将来的にシュワブ氏やWEFが各国の内政に対して何らかの形で影響力を及ぼそうとしていると捉えられるのだ。
このようにシュワブ氏やWEFは、世界の在り方に関する概念の導入や権力者同士のネットワーク構築を通じてアジェンダ設定を行い、世界を都合良く変える狙いがあるようだ。
もう一つの世界:世界社会フォーラム
エリート中心のWEFによって一部の富裕層や大企業のための世界が形成される恐れがある一方で、この組織に対抗する別のフォーラムもある。その名も「世界社会フォーラム」(WSF)だ。
2000年ごろ、一部の経済学者らはすでにダボス会議に対抗するアンチ・ダボス会議なるものを開催しており、ブラジルの活動家のオデッド・グラジュー氏とチコ・ウィテカー氏は、この動きの正式な組織化と会合開催を試みた。フランスの月刊誌「ル・モンド・ディプロマティーク」の編集長であったベルナール・カッセン氏や、ブラジル非政府組織協会(ABONG)や市民支援のためのトービン税 5 協会(ATTAC)など8つの組織の協力もあり、2001年1月、ブラジルのポルトアレグレで第1回世界社会フォーラムが開催された。このフォーラムは「もう一つの世界は可能だ」を合言葉に、ダボス会議と時期を合わせて毎年1月に会合を行う。開催都市は固定ではなく、過去にはフォーラム誕生の地であるポルトアレグレのほかにインドのムンバイ、ケニアのナイロビ、カナダのモントリオールなどでも開催された。設立以来WSFはアジア太平洋社会フォーラムや南部アフリカ社会フォーラム、地中海社会フォーラムなど世界各地の社会フォーラムの組織化促進に寄与してきた。
正式な招待を受けた者しか参加できないWEFに対して、WSFには参加したい人は誰でも参加することができる。2022年の参加者は約3万人にとどまったが、過去には約15万人もの人が参加したこともあるという。誰でも参加可能ということはつまり、ダボス会議のように高所得層ばかりではなく、草の根レベルの社会運動や労働組合などから国際組織のトップまで、様々な人が集い、議論することを意味する。とはいえ分析によると、参加者の約80%が開催地周辺から参加しているという。低所得層の参加を特徴とする以上、これは避けられないことだろう。しかし、だからこそ、フォーラムの開催地を毎回変えることや、世界各地に地域的な社会フォーラムを設立することは重要なポイントだと考えられる。
開催地が比較的低所得国となっていること、招待制ではなく誰でも参加できること、開催地が毎回変わることなどから、WSFはWEFよりも代表性が高いということができる。また、世界人口の半分以上が貧困状態にいる中で、低初透谷を中心として世界規模で問題視すべき課題を選び出し、草の根レベルからボトムアップで解決を目指すことこそが民主的であり、真の解決に繋がる可能性が高いのである。
それでは、WSFの活動はどのように実を結んでいるのだろうか。実は、過去にWSF独自で大きな動きを主導した実績はないと言われている。しかし、様々なレベルの人を引き合わせるという強みを生かして世界的な運動の一助となったことはある。たとえば、2003年2月に起こったアメリカのイラク侵攻反対デモには世界各地から合計1,000万人以上が参加したが、同年1月に行われた第3回WSFがこのデモの組織化に貢献したとされている。富裕層や大企業に限らず多様な層が集まるWSFだからこそ、世界で解決すべき問題があると、構築されたネットワークを活用し大きな連携が取れるのだ。
もう一つの世界:世界社会フォーラム
ここまで、WEFの実態と問題点、そしてそれに取って代わるWSFについて見てきた。WEFはごく少数の富裕層から構成されるという性質上、本当の意味で「世界実情の改善」に向けて取り組むことができているのか、富裕層の利益追求の場となっていないか、いささか疑問である。一方でWSFは草の根レベルから課題を掬いあげ、解決を目指すことができる。もちろんWSFにも批判はある。また、結局報道の注目が集まるのは富と権力が集中するWEFであってWSFの開催自体の報道は少ないことを踏まえると、注目がない中でどこまでの効果を上げることができるのかという疑問もある。しかし一つ確かに言えるのは、決して一部の人間だけではなく世界各地からあらゆる社会経済的背景、年代、性別の人が主体的に議論に参加してこそ、世界は好転していくということだ。
ライター:Nao Morimoto
Notes –
- グローバルジェンダーギャップレポートとは、政治・経済・教育・健康の4つの側面から世界各国の男女格差を計測し、順位付けしたもの。 ↩︎
- 国際競争力レポートとは、テクノロジーの応用力、ビジネスの成熟度、イノベーション力などの項目から世界各国の競争力を計測し、順位付けしたもの。 ↩︎
- カーボンクレジットとは、「企業が森林の保護や植林、省エネルギー機器導入などを行うことで生まれたCO2などの温室効果ガスの削減効果(削減量、吸収量)をクレジット(排出権)として発行し、他の企業などとの間で取引できるようにする仕組み」のこと。 ↩︎
- カーボンオフセットとは、「日常生活や経済活動において避けることができないCO2等の温室効果ガスの排出について、まずできるだけ排出量が減るよう削減努力を行い、どうしても排出される温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等により、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方」のこと。 ↩︎
- トービン税とは、為替取引への課税のこと。当初は短期的な投機行動による為替変動の抑制を目的としていたが、現在は貧困、環境問題などの解決に向けた財源としても期待されている。 ↩︎