Ivory & African Blackwood

美しい音色の耳を塞ぎたくなる話

2023年4月6日

オーケストラや吹奏楽、ロックやポップミュージック、世界各地の伝統音楽まで、多くの音楽は楽器と共にある。それらの楽器が何でできていて、その素材はどのように調達されているのかに目を向けると、美しい音色を奏でる楽器と世界とのつながりが見えてくる。そして、これらの楽器の原材料の中にはアフリカから調達されているものも少なくない。

GNVではこれまでも繰り返し、世界の資源開発と搾取の問題を伝えてきた。特にアフリカから世界各地へと輸出され人々の生活を豊かにしている産品として、紅茶やコーヒーチョコレートなどの食品、鉱物資源などに着目してきた。今回は、楽器の製造を可能にする資源と世界とのつながりとして、象牙とアフリカン・ブラックウッドの2つに着目して掘り下げていきたい。

アフリカ象の群れ(写真:Ray in Manila / Wikimedia [CC BY 2.0])

象牙と象の減少

楽器とアフリカの繋がりは、象牙の暗く悲惨な歴史抜きに語ることはできない。象牙とは、象の口元から突き出ている巨大な歯のことを指す。この歯は、我々人間の持つ歯と基本的に類する構造を持っており、象牙質と呼ばれる組織の周りをエナメル質が取り囲んでいる。象にとって、牙は穴を掘ったり、物を持ち上げたり、食べ物を集めるなど様々な機能を持つ体の一部であり、象牙を象から取ろうとすると、非常に複雑な歯科手術を行うか、象を殺す他ないという。そのため商業的に象牙を販売しようと考える場合、コストも時間もかかる歯科手術よりも象を殺し象牙を手に入れることが行われてきた。

これは象の個体数減少にも影響を及ぼしている。1500年代には2,500万頭いたとされるアフリカゾウだが、1900年代にはその数は1,000万頭になり、1979年までには130万頭にまで減った1。その後も個体数の減少は止まらず、1995年には約28万頭にまでその数を減らしている。特に1970年代後半からの個体数の減少には密猟が大きく影響しており、国立公園などの保護区においてもその数が激減したとされている。このような個体数の減少を受け、1996年に行われた調査の結果、アフリカゾウは国際自然保護連合(IUCN)が作成する「地球規模で高い絶滅のリスクにさらされている種を分類するための」レッドリストにおいて絶滅の危機にあると登録された。

象牙の山(写真:U.S. Government / RawPixel [Public domain])

一連のアフリカゾウの個体数減少に対して、1989年にはワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITES)で象牙の国際商取引が禁止されるという対策も取られた。しかし、それ以降も一部の国では象牙の国内取引が合法だった。2016年に国内取引の停止に関する勧告が出されるとアメリカ、タイ、台湾、中国、香港の象牙消費国では国内取引禁止のための法整備が進められた。しかし日本では、自然死した個体の象牙など条件付きで象牙の取引が合法的に続けられてきている。一部の例外的な取引の継続はあったもののワシントン条約によって象牙の国際取引が規制されたことにより、一時は象の個体数も安定し状況は改善したかに見えた。ところが、2010年代に入ると象牙の密猟が再び増え、現在では年間およそ15,000頭の象が殺されているという。2020年に行われたIUCNの再評価においても個体数の減少が指摘されており、アフリカゾウは依然として絶滅の危機にある。

象牙とピアノ

象牙は一体何に姿を変えていくのだろうか。象牙は彫刻を施した置物などの装飾品として使われる他、ネックレスやバングルなどのアクセサリー、印鑑や根付、ドミノや麻雀牌などにも使われる。象牙といえば現在はアジア諸国での人気が高く、取引も多いイメージがあるかもしれないが、実は1840年から1940年頃までの100年間、世界で象牙を最も購入していた国はアメリカであった。1800年代から1900年代といえば、象の個体数減少が著しく進んだ時期でもある。この時期アメリカで、一体何に象牙が使われていたのだろうか。

この時期、アメリカに向けて輸出された象牙はビリヤードの球、カトラリーの持ち手、ボタンなどさまざまな物へと姿を変えていた。そのような1800年代に登場し、中流階級家庭において豊かさと教養の象徴として各家庭が応接間に置くようになったのがピアノである。1789年のフランス革命以降、欧米では一般大衆への音楽の需要の高まりと共に、ピアノ製造の産業化が進み、ピアノが大量生産されるようになっていく。そして、このピアノの普及こそがアメリカの象牙の取引と加工において重要な位置を占めていくことになる。

鍵盤に象牙が使われたピアノ(写真:Graham / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])

一般的なピアノの鍵盤は白鍵と黒鍵に分かれている。現在主流となっているピアノでは幹音に白鍵、派生音(♯や♭がついた音)に黒鍵が用いられている。しかし、18世紀のピアノでは白鍵と黒鍵の配置は現在とは反対であった。つまり、当初のピアノでは幹音に黒鍵が、派生音に白鍵が使われていたのだ。現在と鍵盤の色が逆だった理由は諸説あるが、一つには面積の狭い半音部分に高価な象牙を用いて、面積が広い幹音部分に黒檀を用いることでコストの削減をする意図があったという。ところが、19世紀に製造されたピアノでは白鍵と黒鍵の位置が入れ替わっていく。その背景には、視覚的に白い面積が多いピアノの方が明るく見えるために好まれるようになったという説や高価な象牙を幹音部分にふんだんに使ったピアノが財力の象徴として好まれるようになったという説がある。さらに象牙はピアノ鍵盤に適した素材として、多くの演奏者が好んだことも象牙を使ったピアノの鍵盤製造を後押しした。象牙の表面は細孔でおおわれているため、程よい指滑りとグリップを得ることができ、速いパッセージの演奏や弾きごたえを実現することができたという。

西欧で発展していったピアノに、アフリカから手に入れた象牙を用いることを可能にしたのはアフリカへの進出や植民地政策によるアフリカ各地の搾取の結果でもある。また、ピアノに使われる象牙交易に奴隷として従事させられた人々の存在を忘れてはならない。タンザニア沖のザンジバル島は象牙の売買、そして奴隷となった人たちの人身売買の拠点の1つであった。象牙売買、人身売買を生業としていた商人たちは、定期的にアフリカ大陸の内陸部へと向かい、村々を襲撃し象牙と住民を確保した。捕らえられた人たちの中から、成人男性たちは内陸部から海岸まで象牙を運ばされた。その道のりは、非常に過酷なものであり、彼らの4人に1人しか生存することができなかったというケースも報告されている。このようなアフリカ大陸内部で奴隷にさせられた人々への残虐な扱いは、1870年代中頃まで続いたという。

1898年、ヨーロッパの商人と象牙(写真:bunky’s pickle / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])

この時期、世界最大の象牙の加工品生産者だったのがアメリカ・コネチカット州のプラット・リード社だ。同社はピアノの普及と共に象牙の切削機をピアノの鍵盤製造のために改良した。20世紀初頭の10年間、アメリカ国内で製造されたピアノは年間35万台以上に上り、そのほとんどの鍵盤がプラット・リード社とコムストック・チェニー社の2社によって製造されていた。この数字は、当時アメリカに次いでピアノ製造が盛んだったドイツの年間ピアノ製造台数の2倍にも上る。一般的な88鍵のピアノでは白鍵が52個、黒鍵が36個ある。1本の象牙から45個の鍵盤を製造することができたため、1台のピアノ製造におおよそ1本強の象牙が必要であったことがわかる。つまり、単純計算で20世紀初頭の10年間でピアノのために殺害された象の数は175万頭以上になる。また、1860年から1890年までの期間、年間2万5,000から100万頭の象が象牙のために殺され、そのほとんどがピアノ製造に使われていたと算出する専門家もおり、象牙とピアノ製造の歴史は切り離すことができないと言えるだろう。1950年代中頃の象牙価格の高騰により徐々にプラスチック製の鍵盤が使われるようになっていき、新品の象牙鍵盤の製造は終わりを迎えた。現在では人工象牙やアクリル板などが使われている。

アフリカンブラックウッドと木管楽器

象牙の商取引が禁止されたからといって、楽器製造とアフリカとの関係が終わったわけではない。現在進行形でアフリカと切っても切り離せないのがアフリカン・ブラックウッド(以下、ABウッドと略する)を原料とする木管楽器だ。

ABウッドはグラナディラ、アフリカ黒檀などとも呼ばれるマメ科の樹木で、スワヒリ語ではムピンゴ(mpingo)と呼ばれる。グラナディラという別名は管楽器業界で一般的に用いられている呼び方であるが、元々グラナディラとは、コカスウッドという別の種類の樹木を指していた。しかし、1900年頃からコカスウッドが入手困難になり、ABウッドが管楽器製造においてコカスウッドに取って代わるようになるとABウッドがグラナディラと呼ばれるようになった。ABウッドはサバンナの乾燥地帯から、中部アフリカ、南部アフリカにかけて生育する。かつてはセネガルからエチオピア、南アフリカまで広く分布していたが伐採によってその数を減らし、現在ではタンザニア南東部とモザンビーク北部が主な生育地域になっている。ブラックウッドというその名の通り中心部分は黒く、密度が高く水に沈むという特徴があり、収穫可能な大きさに育つまでにはおよそ70年から100年ほどかかるとされている。ABウッドは主に木管楽器、クラリネットの仲間2、オーボエの仲間3 の他にピッコロにも使用されている。

豆の鞘をつけたアフリカンブラックウッドの木(写真:SAplants / Wikimedia [CC BY-SA 4.0])

ABウッドが木管楽器の製造に使われる理由の一つには、クラリネットやオーボエといった木管楽器が複雑なキィシステムを有していることが挙げられる。木管楽器のキィシステムとは、管体のあちこちに開けられた穴を手元で操作するためのレバーや板のことを指す。クラリネットはリコーダーのような見た目のシングルリードの楽器、シャリュモーを改造して作られた楽器だが、音域を拡大し、半音階の吹奏を容易にするために増えた音孔を塞ぐためのキィシステムが開発され、現在の形状になった。現在、一般的に使われているベーム式クラリネットは19世紀にイアサント・クローゼ氏が完成させた。増えた音孔を塞ぐための複数のキィを支えられる、十分な硬度を持った素材として取り入れられたのがABウッドであった。

当時クラリネットの開発、製造はフランスやドイツなどのヨーロッパで行われていた。それにもかかわらず、管体素材としてアフリカ原産の木材が使われるようになった背景には、アフリカ大陸への進出や植民地主義下の西欧列強による資源搾取がある。植民地政策下、西欧列強は次々にアフリカ各地の森林伐採を行なった。このような森林の過剰伐採は生産地に対して経済的な利益をもたらすことはなかったばかりか、多種の樹木を絶滅の危機に追い込み、現在では良質な木材を生産できる樹種の希少性を高める結果を引き起こした。ABウッドがヨーロッパに持ち込まれたのもこの時期である。19世紀になると、ツゲなどの従来の素材に変わり、ABウッドが木管楽器の管体素材として使われるようになっていった。

複雑なキィシステムを持つオーボエ(写真:quack.a.duck / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])

アフリカンブラックウッドが抱える問題

1960年代、アフリカの国々が次々に独立を果たしたことで直接的な植民地支配は終わったかに見えた。しかし、ABウッドは現在も木管楽器の材料として主にタンザニアとモザンビークから輸入されている。ここではABウッドが抱えている問題を、製造過程での無駄、違法伐採、生産コミュニティへの経済的還元という観点から見ていこう。

ABウッドはその製造過程において、無駄が多いことが指摘されている。ABウッドはねじれたり枝分かれをしながら成長するため、管楽器製造に適した木材の収穫自体が困難である。加えて、管楽器製造においては、安定した音程や音色を確保するために、木材の中でもねじれや節、割れのない部分を均一に削って行く必要がある。そのため、製材の段階で木材の90%が廃棄され、残った10%の木材に関しても各メーカーの工場での機械処理工程で20%が失われているという。

また、ABウッドは実際の輸出量が公式輸出量を大きく上回っており、記録されていない伐採、つまり違法伐採の可能性が高いことが指摘されている。ABウッドの再産地の一つであるタンザニアでは、その96%が違法伐採の可能性があるというデータに加え、楽器産業で使われているABウッドの量だけを見ても公式の輸出量を上回っているという事実も違法伐採の可能性を裏付けている。2020年に行われたIUCNの評価で、ABウッドは「準絶滅危惧種」に分類されており、過去150年に渡って20%から30%の減少率にある。準絶滅危惧種とは「現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては『絶滅危惧』として上位カテゴリーに移行する要素を有するもの。」と定義されており、不可逆的な状況になる前に対策を取ることが急務だろう。

ABウッドは世界で最も高価な木材の一つであると言われる一方で、生産地のコミュニティが十分な収入を得られていないという問題もある。前述のように違法伐採が横行している中では、価格設定の規制をくぐり抜けた生産者同士が価格競争を行うため、ABウッドの産地となっているコミュニティがその価値を十分に把握できていないという。そのため、実際の市場価値よりも安くABウッドを販売してしまったり、買い叩かれるという事態が発生している可能性がある。

ABウッドの生産国であるタンザニアでは参加型森林管理(PFM)と呼ばれる仕組みの下、コミュニティは村落土地森林保護区(VLFR)を制定し、森林資源から得られる収益を得る権利を持つ。 VLFRが制定された地域においては、収入が4万%増加したというデータもあり、VLFR外での木材生産から得られる利益はごくわずかであるという。林業による利益をコミュニティへ還元という観点から高い効果が期待できるVLFRであるが、登録に必要な手続きが複雑であることから活用できているコミュニティは少ない

加工されたアフリカン・ブラックウッド(写真:Rob Campbell / Flickr [CC BY-NC 2.0])

ABウッドの加工先は楽器だけではなく、工芸品や家具といった多様な用途を含んでいる。しかし、木管楽器の製造がその主要な加工先であるという見解もあり、楽器業界はABウッドの保存とコミュニティへの利益の還元に対して責任があるだろう。クラリネットの代表的なメーカーはそれぞれの取り組みを行なっている。例えば、フランスに本社を置くビュッフェ・クランポン・グループはリサイクル木材を使う取り組みとしてABウッドの粉末を再合成した新素材を開発しているほか、適切に管理された森林から調達されていることを示す森林管理協議会認証(FSC認証)を受けた木材が原料の大部分であると公表している。また、日本に本社を置くヤマハ株式会社もABウッドの植林や木材の利用率向上に取り組んでいる。しかし前者はABウッド製のクラリネットの製造を続けているし、大部分はFSC認証を受けたABウッドを使っているとしても全部ではない。後者の活動についても、今植林した木が十分な大きさに育つには70年から100年はかかるため、今後十分な効果を発揮するには継続的な活動が不可欠だ。そのため、これらの取り組みがどれほど根本的な問題解決に繋がるのか、今の段階では正確な評価ができないのが実情だ。

さらに繋がる楽器と世界

世界中で多くの人が楽器演奏や音楽鑑賞を楽しんでいる。美しい音色を作り出す楽器の素材がどこから届いているのか、どのような歴史を辿ってきたのかに目を向ければ、音楽もまた資源搾取の歴史、実態と結びついている。今回は象牙とABウッドという2つの素材に着目し、アフリカ大陸から世界に向けて輸出されている資源と楽器の関係性を見てきた。

視点を広げればさらに多様な素材、楽器と世界との繋がりが見えてくる。例えば、世界的にも絶滅が危惧されているローズウッドも楽器の原料になっている。中でも、ホンジュラス・ローズウッドはマリンバという鍵盤打楽器やギターの材料として使用されており、マリンバ製造に使われるものは樹齢200年から400年の木材であるという。ホンジュラス・ローズウッドは2019年に行われたIUCNのレッドリストにおいて、「野生で極度に高い絶滅の危機」に瀕しているとされる「深刻な危機」の状態にあると評価されている。さらにローズウッドと言えば、クラシックギターの高級材料として有名なブラジリアン・ローズウッドマダガスカル・ローズウッドなどもあるが、いずれも危険な状態にある。

ローズウッド製のギターのネック
(写真:Rick Mariner at HaywireGuitars / Wikimedia [CC BY-SA 4.0])

さらに、工業製品と比較すれば楽器産業で使われる量は限られているが、鉱物資源が楽器に使われることもある。ピアノや金管楽器に使われる合金材料である真鍮の原料である銅や亜鉛、楽器の素材や表面のメッキ処理に使われる金や銀、ニッケルなども世界各地から調達されたものであろう。鉱物資源の採掘、売買

このように、音楽の楽しみを支えている楽器は世界の資源開発によって成り立っており、楽器製造を行う企業、演奏者、そして音楽を楽しむ人はそこにある種々の問題を深刻に受け止める必要がある。さらに、象牙、ABウッドの事例で触れたように現地コミュニティや人々に及ぼしてきた影響も看過できない。これらの事実は「純粋に」音楽を楽しみたいと考えている人にとっては耳が痛い話かもしれない。しかし、この不都合な事実を真摯に受け止め、世界との繋がりを改めて考えてみてほしい。

ライター:Azusa Iwane

NOTES:

  1. 象は、アフリカとアジアに大きく分けて2種類が存在しており、今回の記事ではアジアゾウについては扱っていない。アジアゾウはアフリカゾウほど象牙の密猟による被害を受けていないとされているが、生息地の減少などが個体数減少に影響している。IUCNのレッドリストにおいては「危機」に分類されている。 ↩︎
  2. クラリネットの仲間には次のようなものがある:C管、B♭管、A管、Es管、アルトクラリネット、バセットホルン、バスクラリネット、コントラアルトクラリネット、コントラバスクラリネット ↩︎
  3. オーボエの仲間には次のようなものがある: オーボエミュゼット、C管、A管、イングリッシュホルン、バスオーボエ ↩︎

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