難航したCOP 29
2024年11月29日
アゼルバイジャンのバクーで開催された国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(Conference of the Parties:COP)は、最終日を迎えても予想どおり合意文書を巡って先進国と途上国の溝があまりにも大きく、決裂寸前まで追い込まれた。33時間遅れの11月24日(日)の現地時間午前3時にようやく合意内容が発表されたものの、途上国に大きな不満を残す結果となった。「成功」と呼ぶには程遠いCOPであった。残念な点は主に3つあった。
失敗1:途上国の不満を過小評価
COP29の合意形成がここまで難航する事態になった失敗の第一は、今回のCOPの最大の争点でもある、先進国から途上国への拠出金問題で、COP27,28での途上国の不満と怒りの大きさを先進国は過小評価していた点だ。
世界120カ国以上の途上国は先進国に対し年間1兆3000億ドルの拠出を求めてきたが、草案に書かれていたのは2035年までに年間2500億ドルの気候変動資金を提供するというものだった。しかも民間部門も含めた総額でということだった。つまり途上国に負債を負わせる融資を増やすことを意味している。これに対し途上国は激しく反発し、交渉は延長され、決裂寸前に先進国側から3000億ドルにまで引き上げるとともに、2035年までに公的資金と民間資金の両方から年間1.3兆ドルを調達する努力を約束する提案が出された。
パナマ代表のフアン・カルロス・モンテレイ・ゴメス氏は、この提案を「言語道断」とし、「私のような脆弱な国の顔に唾を吐きかける」ものだと述べた。また小島嶼国連合のセドリック・シュスター議長は「私たちの島は沈んでいます。 私たちの国の女性、男性、そして子供たちのために、貧弱な取引でどうやって私たちが戻れると期待できるのでしょうか」とコメントしている。
それでも途上国が決裂を避けて合意した背景には、2カ月後に発足する米国のトランプ政権が気候変動には懐疑的でパリ協定からの再度の離脱を公言していることがある。中国に次ぎ世界で2番目に多く温室効果ガスを排出している米国が、より一層気候変動対策に非協力的になることが確実視されるなかで、先進国と途上国が対立して何も決められなければ、地球環境は最悪のシナリオに突き進むことになるという強い危機感があった。双方に不満はあっても、少なくとも米国以外の各国は気候変動問題で協力することを確認しておくことが最も重要との認識を参加国の多くが述べていた。
失敗2:化石燃料の議論を意図的に排除した
第二は、議長国のアゼルバイジャンが1700人以上とみられる大量の化石燃料ロビイストを招待しており、かつ議事運営で化石燃料への言及を極力避けていたことだ。アゼルバイジャンは、今後10年間でガス生産を更に3分の1拡大したいと述べ、物議をかもした。更にサウジアラビアのアルバラ・タウフィク氏は、公開会合で「アラブグループは、化石燃料を含む特定セクターを対象とするいかなる文書も受け入れない」と述べた。多数の化石燃料ロビイストたちは、各会合での議論が化石燃料削減に及ぶことを阻む役割を担っていたと思われる。
失敗3:グリーンゾーンの声がブルーゾーンに届かない
第三は会場のグリーンゾーンでの議論や提案内容が、ブルーゾーンに反映されていなかったことだ。COPの会場は、国連が運営し各国政府代表団や国際機関、交渉担当者、及び特別な許可を得たメディアだけが入れるブルーゾーンと、一般市民や企業、NGO、学術関係者、学生なども入れるグリーンゾーンに分けられることが多い。今回のCOP29もそうだった。各国政府代表による交渉はブルーゾーンで行われる。
一方グリーンゾーンでは気候関連の展示ブースやワークショップ、科学者や気候問題専門家によるセミナーなどが行われる。英ケンブリッジ大学気候修復センター所長のショーン・フィッツジェラルド博士は、「(グリーンゾーン内では)世界を1.5℃未満に保つことがまだ達成可能だと考える科学者には一人も会わなかった。にもかかわらず(ブルーゾーン内の)交渉の場ではこのことが一切語られていない」と嘆いていた。
グリーンゾーンでの科学者たちの議論の一部を紹介すると以下のようなものだった。そしてブルーゾーンの政府代表団の中でこれらの科学者たちの議論や指摘に関心を示す人はほとんどいなかったようだ。
Fig1. Temperature Pathways to 2100
出典:Climate Action Tracker ‘Warming Projection Global Update, November 2024’
「2024年世界炭素収支報告書によれば、CO2排出量は減少するどころか、2024年にはさらに0.8%増加してしまった」
「クライメート・アクション・トラッカー(2024年11月)によると、排出量が2030年から2080年まで過去最高である現在のレベルのままで停滞すると、地球の気温上昇は約2.9℃になる」
「現在のCO2レベルは約422ppmだがフロンなど他の温室効果ガスを含めた値は534ppmに達している。地球がこのような高い値を示したのは300万年前の鮮新世の中期頃以来のことだ」
「地表から自然に放出されるCO2の量は年々減少してきている。それを計算に入れると人間の活動による排出増加量はもっと多い」
「私たちは今クリーピング・カタストロフィ(忍び寄る大災害)に直面している」
更に前述のフィッツジェラルド博士は「温室効果ガスの排出量をネットゼロだけでなくネットマイナスにする努力は続けなければならないが、それに加えて別の方法も検討しなければならない時期に来ている」と述べている。例えば海氷に塩分濃度を下げた海水や深海水を散布するなどして海氷を成長させる。あるいは海上に人工的にしぶきを多く発生させることにより、雲凝結核を大量に生み出し、海の上空に白い雲を形成させる。こうした手法を使って太陽光を海氷や白雲でより多く宇宙に反射させる研究が必要だと指摘している。
こうした科学者や気候変動専門家たちの貴重な生の声が、すぐ横にいる世界各国の政策担当者たちに十分に伝わっていないのは残念である。
COP29での数少ない希望の光明は、次回のCOP開催国であるブラジルが今回発表した新たなNDC (Nationally Determined Contributions、国が自主的に決定する貢献)だ。ブラジルはCO2を吸収してくれる広大なアマゾンの森林を擁しているが、今まで違法な森林伐採や山火事などでその森林面積が減少していた。排出量削減の実績も芳しくなくむしろ最近まで排出量は前年比増加を続けていた。しかし2022年の総選挙でボルソナーロ前大統領に勝利したルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領は、2030年までに「森林破壊ゼロ」の公約を掲げている。そして今回ブラジル政府は2035年までに温室効果ガスの排出量を2005年比で3分の2まで削減すると誓約した。誓約の内容は、違法な森林破壊を排除し荒廃した土地を回復させることに加え、既に電力構成の89.1%を占めている再生可能エネルギーの比率を更に増加させ、化石燃料と段階的に置き換えるとしている。このブラジルが打ち出した野心的な新目標には国連や各国が称賛している。
各国の政策担当者は、政治・外交の環境が極めて難しい状況の中で大変苦心しておられるとは思うが、グリーンゾーンでの科学者や市民団体、NGOなどの提案にも極力耳を傾けて頂きたい。
戸田洋正 ESG-IREC招へい教授/Japan Core Competence Management Ltd代表