リズ・トラス元英国首相特別講演会の開催
(2024年8月26日)
2024年8月30日
2024年8月26日、ESG-IRECは、リズ・トラス元英国首相の大阪来訪の機をとらえ「民主主義のサステナビリティー」のテーマとする特別講演会を大阪大学中之島センターにおいて開催した。トラス元首相は学生や若手研究者との意見交換に前向きであるとのことから、会合はさながら大阪大学大学院国際公共政策研究科や他大学の大学院生らで同氏を囲んでの懇談会に近く、リラックスした雰囲気でのざっくばらんな意見交換の場となった。
特別講演会の司会進行を担ったESG-IRECの佐藤治子特任教授によるレポートは以下の通り。
着席早々、今こそ民主主義と自由市場を中心としたルールと価値を共有する国々の連帯が必要であると訴えたトラス元首相のご講演には、英国や米国などの右寄り保守派にありがちな世界情勢の捉え方が強く反映されていた。英国の民主主義を危惧する理由として、トラス氏は官僚組織が強すぎることと政府が政策立案や施行を外郭団体に「外注」する最近の「悪しき」傾向を挙げていた。閣僚経験からくるフラストレーションであるとは思うが、その意味するところはつまり国民に選挙で選ばれた政治家が政治家たる責任を果たせず、結果的に国民の期待に応えられない状況にあるということらしい。政策立案のプロセスが見えず、政策そのものに「アカウンタビリティー」がないことで、責任の所在が曖昧になっているという懸念に対しては、官僚主導と言われてきた日本の政治を振り返っても頷けるものがあった。
ESGに関しては、ミルトン・フリードマン路線の王道を行く議論で、会社は株主のために利益をあげることが最重要課題なので、その活動を様々なタガや指数でしばるべきではないという立場からの発言が聞かれたが、環境などに関する規制には国の責任との指摘もあった。小さな政府にして強い政府というハイブリッドの今日的な政府像を語る姿勢は印象的だった。気候変動を否定するほどの陰謀論派ではないものの、急進的な考え方からは一線を画しているといったところで、英国では一部に過激な破壊行動などに走る反化石燃料運動があるので警戒するのも当然と言えよう。
参加した学生には日本人だけでなく多くの留学生(アジアからはカンボジア、ベトナムと中国、他にハンガリー、ブルキナ・ファソと米国)も加わり、質疑応答の部分はチャタムハウス・ルールに基づき活発に行なわれた(注1)。学生からの質問の内容は世界各地の紛争へのヨーロッパやアメリカの関わりから、ベトナムでのトランプ元大統領人気と越中関係、ウクライナ情勢と台湾問題、中国の指導層への評価など、かなり幅広いものとなったが、それらすべての問いに対して自身の強い考えを述べていたことは彼女が考え抜いた世界観を持っていることの証であり、政治家としての特色であると感じられた。トラス元首相は、14年におよぶ英国保守党の長期政権下で法務大臣、国際貿易大臣、外務大臣などを歴任し、エリザベス女王崩御前の最後に首相として任命を受けたが、あいにくの短期政権で終わったことは記憶に新しい。今回の選挙では保守党は歴史的な大敗を喫し、彼女自身も議席を失ったが、現在は西洋文明の危機について本を執筆中とのことで、気分の切り替えの早さはたくましさが秘訣なのであろうと思った。
いずれにしても、真っ赤なサマードレスにブルーのスニーカーという軽装で登場した時には、英国の元首相を出迎える緊張感が一気にほぐれてしまった。最後は90分間学生と気さくに話すお姉さんというイメージの方が強く残った。
注1: チャタムハウス・ルールとは、会合などで話された内容は外部が知ることはできるが、誰が何を言ったかということは明かせないというもの。